〇 昭和58年  福岡県立福岡高校卒業   ☆福岡県博多生まれです。地元福岡での相談もお受けします。
〇 昭和59年  防衛大学校入校 第32期生 フェンシング部主将
〇 昭和63年  陸上自衛隊入隊
         機甲科(戦車・偵察)隊員として、戦車小隊長、戦車中隊長及び偵察隊長を歴任
         師団司令部及び陸上幕僚監部で勤務
         雲仙普賢岳噴火災害へ戦車2両、装甲車4両を率いて出動
〇 平成20年  内閣府(防災担当)政策統括官付参事官補佐として出向
         首都直下地震対策担当、政府防災訓練担当、現地調査団・現地対策本部要員
         基幹的防災拠点(有明の丘・東扇島)運用開始に伴う政府図上訓練主務
〇 平成22年  第5戦車隊長兼ねて鹿追駐屯地司令
〇 平成24年  1等陸佐
         自衛隊地方協力本部、海上自衛隊自衛艦隊司令部、統合幕僚学校など主に陸上自衛隊以外で勤務
〇 令和 4年  陸上自衛隊東部方面総監部勤務を最後に防衛省・自衛隊を定年退職
         在任間、東日本大震災など計7回、延べ118日の災害派遣活動に従事

はじめに

 防衛省・自衛隊においては、戦車部隊・偵察部隊の運用、師団運用、募集・就職援護の人事行政、陸上自衛隊の教育訓練行政等の陸上自衛隊に関することのみならず、海上自衛隊との連携や陸・海・空自衛隊の統合運用に関する事項に携わってきました。
 また、防災に関しては、自衛官として大小様々な災害派遣に従事するとともに、内閣府(防災)へ出向した際は、国会(災害対策特別委員会)対応、有明の丘基幹的防災拠点の運用開始に係る政府訓練(平成20年年度政府図上訓練)の主務者や平成20年岩手宮城内陸地震、同年岩手沿岸北部地震、平成21年西日本集中豪雨(兵庫県、山口県、福岡県)への現地調査団等要員としての派遣など国の防災行政の中枢で勤務しました。
 国防と防災という将来に責任を取る仕事を通じて、過去の事実を正確に把握した上で現在の状況を正しく認識すること。そしてその至当な現状認識の下、最善の未来を構築していく大切さと、そのためのノウハウを学びました。国家公務員として培った知見・スキルを定年退職後に少しでも社会に還元したく当事務所を設けた次第です。
 自衛官時代は、国家や地域といった大きな視点でものを見ることが多かったのですが(もちろん、国民一人ひとりの生活の安寧を思わない訳ではありませんが、やはり業務の焦点は国や地域の安全確保となります)、司法書士・行政書士としては、依頼者個人の権利擁護に全勢力を集中することにより、微力ながら国民生活の充実をもって国の発展に寄与したいと考えています。

90式戦車と冬季訓練
東日本大震災:米海軍の輸送支援を受る
陸自ヘリによる総理現地視察に随行

略 歴

〇 昭和58年

福岡県立福岡高校卒業

〇 昭和59年

防衛大学校入校 第32期生 機械工学科 フェンシング部主将
フェンシングは、マイナースポーツですが、合理的で奥の深い競技です。

〇 昭和63年~

陸上自衛隊入隊 
機甲科(戦車・偵察)隊員として、戦車小隊長、戦車中隊長及び偵察隊長を歴任
師団司令部及び陸上幕僚監部で勤務
雲仙普賢岳噴火災害へ戦車2両、装甲車4両を率いて出動

〇 平成20年~

内閣府(防災担当)政策統括官付参事官補佐として出向
首都直下地震対策担当、政府防災訓練担当、現地調査団・現地対策本部要員
基幹的防災拠点(有明の丘・東扇島)運用開始に伴う政府図上訓練主務

〇 平成22年~

第5戦車隊長兼ねて鹿追駐屯地司令

〇 平成24年~

1等陸佐
自衛隊地方協力本部、海上自衛隊自衛艦隊司令部、統合幕僚学校など主に陸上自衛隊以外で勤務

〇 令和4年

陸上自衛隊東部方面総監部勤務を最後に防衛省・自衛隊を定年退職
在任間、東日本大震災など計7回、延べ118日の災害派遣活動に従事

おわりに

 自己紹介を最後まで見ていただきありがとうございます。
他の司法書士・行政書士の方々にはあまりないユニークな経歴の持ち主かと自分でも感じています。そもそも自衛官としての枠組みで見てもかなり変わった経歴です。
 戦車の指揮能力や防災に関する知見が、司法書士等の仕事にどのように役立つのか?といった疑問もあるかと思います。
 私自身もこれらの能力は、司法書士・行政書士の仕事には直接は関係ないように感じています。しかし、国防や災害対応といった常に新しい局面で自ら考え、悩み、その都度決断をして何とか問題を解決するといったプロセスを何度も経験できたことが自分自身の財産だと思っています。
 この経験をお客様の問題解決に役立てることができれば幸いです。